会報「狛犬と石仏」第9号「あの人この人」のコーナーに掲載しきれなかったインタビューの全体をお送りします。
神奈川狛犬と石仏の会監事の前川勲さんにお話を伺いました。(聞き手 桑久保)
桑:本日はよろしくお願いします。
前川:はい、よろしくお願いします。うまく話せるかわかりませんが。
桑:こちらこそ。前川さんには以前からお話を伺いたいと考えていたので、今日はとても楽しみにしています。まずは「石仏との出会い」から教えていただけますか?
前川:そうですね。私が石仏に関心を持つようになったきっかけですが、定年退職したのが平成10年(1998年)です。その頃、横浜の朝日カルチャーセンターに、「板碑」 の講座があって、それを受講したんです。
桑:板碑ですか!?
前川:ええ。私はもともと仏像を見て歩くとか寺回りなどが好きでやっていたので、板碑が何なのかもよく知らないまま受講したら、その講座の講師が日本石仏協会の会員だったんですね。その講座で鎌倉に行ったりして、それがきっかけで石仏に興味を持つようになりました。きっかけというか、馴れ初めですね
桑:そうでしたか、板碑講座は奥深く楽しそうですね。
前川:そうです。なので板碑を追いかけようかなと思ったけれど、板碑というのは鎌倉時代から江戸時代の初めには終わってしまうと聞いて、それなら石仏全般に見ようかな、と思ったわけです。
桑:それから石仏の世界へと拡大してゆかれたと。
前川:もう一つのきっかけとしては、今住んでいる港北ニュータウンに引っ越してきた平成3年(1991年)頃、開発の影響で地域の石仏がどうなっているのか気になって調べ始めたことがあります。横浜市教育委員会が開発前に行った文化財の悉皆調査 の文化財報告書を図書館で見つけて、それをコピーして現地を訪ねて歩いたんです。そこから自分なりに調べて記録するようになりました。
桑:なるほど、お住まいの地域からの調査がもう一つの入口だったんですね。 特に印象に残っている石仏はありますか?
前川:たくさん見てきたので一つに絞るのは難しいんですが…。私は九州の福岡に単身赴任していた時期がありまして、その時「土日に何かしないともったいない」と考えて福岡の朝日カルチャーセンターで「写経」の講座を受けていました。そういう経験もあってお寺巡りはしていたんですが、その頃はまだ石仏との関わりはなかったんですね。
桑:写経ですか!それは意外なご経験ですね。
前川:それと福岡駅の近くには「東長密寺」があって、そこが九州八十八ヶ所霊場の第一番札所だったんです。八十八ヶ所巡りにも興味があったので、土日に車で一人、八十八ヶ所巡りを始めました。当時もお寺巡りは好きだったけど、石仏とはまだ直接の関わりはなかったんです。
桑:そういったご経験からどのように石仏に繋がってゆかれたんですか?
前川:退職後しばらくして、職場のOB会が別府温泉であって参加したんですが、解散後に一人で国東半島や臼杵の石仏を見に行ったんです。あの時は感動しました。臼杵の磨崖仏は、昔は首が落ちていたんですけど、その時はきちんと修復されていて、きれいだなあ、と感動したという思い出は大きいです。写真は大事に飾っています。
桑:私も以前連れて行っていただいて、迫力があってとても心に残っています。
前川:ええ。修復されたという背景も含めて、あの時の光景は印象に残っています。国東半島の石仏は、ツアーバスで回ったので、じっくりとは見られなかったけど、それでもすごく良かったですね。滑りやすい石畳みを登ったりして、自分で歩いて見たという記憶が強く残っています。
その他に指宿の方にも個人で摩崖仏などを見に行った時もありますが、その時の写真も撮っているが記憶があまり残っていない(笑)。一泊の見学旅行などにも参加しましたが、どこも初めての場所ばかりで、むしろ「地域独特な像容に圧倒された」という印象の方が強いかもしれません。
桑:前川さんは、いつも写真を熱心に撮られている印象があります。どのようなまとめ方をされているんですか?
前川:写真は記録のために撮っているだけなので、整理は全然できていません。昔はフィルム、今はSDカードです。メモをちょっと書いて付けてはいますが、「あれどこだったかな」と探し出すのはなかなか難しくて・・・。
桑:そうなんですね。でもその記録は、とても貴重なものだと思います。
前川:最初は写真展に出すつもりもなくて、逆光だったり、変な線が写っていたり・・・。それでも、ある時期に「常任理事は写真展に必ず出展すること」と言われて、そこから少しずつ意識するようにはなりました。皆さんが撮り終わって歩き出してからゆっくり撮ったりしています。
桑:前川さんは文字(刻銘)も丁寧に撮影されていますね。
前川:最初は全然意識していなかったんですよ。でも段々、文字も気になってきましたね。「これは読めるようにならないといかん」と考えて、横浜市歴史博物館で開かれていた古文書の講座を受けました。
桑:古文書の講座もですか!
前川:ええ、初級の講座でしたけど、その講座の受講生が中心となって「横浜古文書を読む会」という会があるんですよ。私は第16期生、もう10年以上になります。最初は一生懸命覚えようと考えていましたけど、最近はもう、頭がついていかなくて(笑)。
桑:いえいえ、常に学ばれている姿勢が素晴らしいです。
前川:ようやく宝篋印塔の刻字とか、そういうのが少しずつわかるようになってきてね。 だから最近は、写真を撮るときにも刻銘や文字がちゃんと読めるように工夫しようと思っているんだけど、いざその場になると写真を撮ることだけに夢中になって忘れてしまっています。
桑:未整理の写真があるということは、これからじっくりと楽しいお時間が過ごせますね。
前川:そうですね。それと都筑区は自転車で回ったりしてほとんど見ているつもりではいるんですが「自分の住んでいるところの石仏ぐらいは調べておけ。」と某先輩に言われて記録をとっていました。一覧表にして写真を貼ったり、カードに記録してファイルを作ったりしました。 でも写真も資料も多すぎて、電子化までは手が回っていないんです。
桑:それはものすごく貴重な資料ですね!! こんどぜひ拝見させてくださいね。
桑:次に、「神奈川石仏の会」のお話もぜひ伺いたいと考えておりました。どのような思い出がありますか?
前川:日本石仏協会に入ってしばらくしてから、道祖神研究の青木さんに「神奈川石仏の会があるよ」と声をかけて下さり、勧められて入会しました。当時は70人、 時には80人くらいの会員がいたと思います。
桑:わあ、そんなにいらしたんですか!
前川:ええ、創設時には松村雄介さんをはじめとして、日本石仏協会設立当時のそうそうたるメンバーがいらして、 私が入った時もまだ活気がありました。伝統ある会でしたね。以前は鎌倉、平塚、厚木や海老名など、ベテランの地元の方が案内してくれる形で活動していました。私自身は都筑区の案内役を何度か務めました。
桑:資料を拝見すると本当に盛りだくさんで、どんなに活発に活動していらしたんだろうなと思います。
前川:でも、次第に高齢化が進み会員が減少、新しい会員も少なくなって。そうですね、それが一番残念なことでした。私がちょうど事務局をやっていた頃で、 会員は20人少々、見学会に参加するのは10人程度になってしまって。役員だけでなんとか実施していたような状態で、「講師に申し訳ない。これでは後が続かない」となって解散することになりました。
桑:とても大きな決断でしたでしょうね。
前川:ええ。会報でも書きましたが、本当に忸怩たる思いでした。先輩方が築いてきたものを、自分たちの時代で終わらせてしまう...ということが申し訳なくて。でも、 どうにもならなかった。とても残念なことでした。それで、最後に少し残っていた予算を使って『神奈川の石仏』の下巻を刊行できればと思ってきました。
桑:そうでしたか…。当時の皆さんはどんなにかお辛かったことと思います。上巻を拝見しましたが、かなりのボリュームですね。
前川:あれは10周年記念の時に作ったものが元で、その後20周年、30周年でも記録をまとめていたんですが、だんだん小冊子を配布するだけのものになって...。下巻用としても、本当はもっとたくさんの資料を集めたかったんですが、古い方がどんどんいなくなってしまって。
桑:当時の石仏の貴重な資料がたくさんあったかと思うと、とても残念ですね。
前川:そうですね。いま、見学会のルートをたどるようなことも一度やってみたいと考えているんですよ。あの時と今とでは、石仏の状況もずいぶん変わっているでしょうし、それをまた記録に残せたらと考えて。小田急沿線、百合丘のあたりなど行ってみたいなと思っています。
桑:本当に、資料の価値はますます高まっていきますね。なおさらこれから下巻の発刊が楽しみですね!
桑:それから、最近では「ポールウォーキング」をされているとお聞きしましたが、 きっかけはどんなことだったんですか?
前川:ええ。80代に入ってから足腰が弱くなり、少しでも体を動かさなきゃと考えて始めたんです。ポールウォーキングのクラブが火曜日に活動していて、 そこに入って、少しだけ指導を受けました。今は緑道を歩いたり、買い物のときなどにポールを使って歩いています。
桑:それは大切な習慣ですね。
前川:「一日10分でも歩くことが大事ですよ」と言われて、なるべく続けるようにしています。85歳になって体力も落ちてきましたから、無理せず自分のペースで歩くようにしています。
桑:石仏以外の活動ではどのようなことをされていらっしゃいますか?
前川:「つづきナビ倶楽部」という地域の活動に参加しています。都筑区は新しい街なので新しく引っ越ししてきた人が多い。その人々のために「つづきナビ倶楽部」は10年以上前から続けている地域団体で、30~40人くらいのメンバーがいて、地元の神社やお寺、公園などを案内する活動をしています。
桑:地域のガイドをされていたんですか?
前川:そうですね。最初は参加者としてでしたが、5年ほど経ってから案内役もするようになりました。最近は足腰が弱くなってきたので、世話役は引退しましたが参加は続けています。毎週水曜の午前中に、事前に下調べした場所を歩いてまわります。
桑:都筑の自然や史跡をめぐる活動、素晴らしいですね。
※画像は「つづきナビ倶楽部」ホームページより
前川:もう一つ、「つづき交流ステーション」という団体もあって、区役所と連携して、都筑の魅力を紹介するサイトを運営しています。私はそこで「石造物特集」というのをした時に頼まれて、馬頭観音のことなどを紹介しました。戦没馬の供養塔とか、自然石の馬頭観音などを。ほかの方は庚申塔や道標などを紹介されてました。「こんなところにナニコレ!」というシリーズで、区内の面白い石造物を紹介していたんですよ。
桑:それは面白そうですね。ぜひ「つづき交流ステーション」のナニコレ!を拝見いたします。
桑:それでは最後に少しだけ、前川さんご自身についても伺わせてください。
前川:出身は香川県の高松市です。昭和15年(1940年)の2月生まれ。だから、「皇紀二六〇〇年」の年なんですよ。
桑:すごいです!たくさんの皇紀二六〇〇年碑と同級生なんですね。
前川:そうですね。二六〇〇年を記念して建立された石造物なんかを見ると、「自分と同じ年だな」と思います(笑)。そういう石仏を集めてみようと思いたくさん写真を撮りましたが、整理していないので残念です。
桑:前川さんはご経歴も豊かでいらっしゃいますね。ご退職までのお仕事は?
前川:国家公務員で、医療行政、職員の福利厚生、離島振興などに携わっていました。
桑:本日は本当に貴重なお話をありがとうございました。最後に、石仏と向き合うお気持ちについて、何かお聞かせいただけますか?
前川:私はね、野の仏、野仏というのが一番魅力を感じますね。村境の辻や峠など、 生活の中にあった石仏が一番好きなんです。庚申塔や地蔵さん、馬頭観音・・・役割を終えてもそこにぽつんと佇んでいる、そういう様子に安らぎを感じますね。
桑:峠のお地蔵さまが夕日に照らされているような風景が目に浮かんできました。言葉にならない魅力がありますよね。
前川:ええ。そういうのが心に沁みますし、和みますね。
(記念撮影)
桑:ありがとうございました!今日は貴重なお話をたくさん伺えて楽しかったです。これからもますますいろいろなことを教えてください。(2025年5月 桑久保)
